課程博士に関る博士(芸術)学位授与の報告および、博士学位論文発表会のお知らせ

氏名(本籍)  北嶋秀子(長崎県)
学位の種類  博士(芸術学)
学位記番号   博甲第1号
学位授与年月日   平成20年3月20日
学位授与の条件  学位規則第4条第1項該当
学位論文題目 「日光東照宮色彩美の現代における評価に関する研究」
論文審査委員
主査   本学教授 小町谷朝生
副査  本学教授 上野憲示
副査  本学教授 青木 茂
副査  女子美術大学 近江源太郎

[論文内容の要旨 ]

 本研究は、日光東照宮(以下、東照宮と表記)建築物における彩色美の研究である。先行研究としては、画像解析手法を用いて日光東照宮建築物外面の色彩分布を求めた研究がある。しかし、それは建物外面の色彩分布測定方法の確立を目的とするものである。そのため、本校と同じ栃木県に位置するという地の利を活かした独自の色彩学の見地からの研究をめざした。結果として、日光東照宮の色彩美は「金」による視覚効果によるものであり、「紺丹緑金」を規範的原理とする江戸期独自の建築彩色美を実現したことを確認した。本研究では色彩調和論を土台としたが、何よりも幕藩体制の確立を類の無い彩色技法によって実現するとともに、一面で視覚的に権威づけた点に注目した。その点において、重要な役割を果したのが「狩野派」、「徳川幕藩体制」、「木彫彩色+金」の三指針であるとの作業仮説によって、その道筋においての検討を研究方針とした。

本論文の構成は5章よりなる。

第1章は、日本の色彩美

第2章は、二つの色彩美

第3章は、東照宮における色彩美とその思想的原景

第4章は、東照宮の極彩色と金彩

第5章は、東照宮建築の色彩から見た配色調和理論の検討

という構成によって検証した。その内容は以下の通りである。

前編とする第1章と第2章では、「日本の色彩美」について、日本的といわれる色彩美とはどのような特色を持つのか、その土台となる「日本人の美意識」の解析から着手した。伝えられる世界の色彩美は、対照的な「西洋の色彩美」、鮮やかさの「東洋の色彩美」、そして鮮やかさ(華麗さ)と渋み(純日本的美感)が対立する「日本の色彩美」に概括分類できる。さらに「日本の色彩美」は、明快で対照的な「陽の色彩美」と、満月の月明かりで見る光景のような渋みの「陰の色彩美」に分けられる。

「陽の色彩美」である日光東照宮における彩色から、手法としての「暈繝彩色」と具体的範例としての「陽明門」に焦点を当て、統括される色彩美を確認した。しかし、日本には独特な「ぼかし」や「にじみ」のような「あいまいの色彩美」も存在する。

第3章は、仮説とした彩色の頭脳とされた「狩野派」の存在と「徳川幕藩体制」との関連について検証した。狩野派を先導した絵師集団の棟梁・狩野探幽の存在、すなわち、狩野派の彩色指示図面あっての東照宮の造営美である。幕府と狩野派との関係から、これまで明瞭に指摘されることのなかった狩野派が日光東照宮造営において果した役割の大きさを示した。

建築においては彫刻(立体化)が多用され、それによる陰影を生かしただけでなく、彩色のみで新たな視覚効果を与える金も多用されるようになる。考えるに桃山から江戸時代初期にかけては、建築の装飾面において、独創的で従来の様式を打破し華麗な視覚美を探究する傾向にある時期であった。当然建築物の規模は大きく、豪華絢爛で装飾性に満ちたものとなる。特に固有の意味を持って「極彩色」と呼ばれた視覚効果は、徳川幕府の権威を示す極限にいたる趣もあった。すなわち、東照宮は、金彩を駆使した木彫彩色という新たな分野を開花させ、日本の建築史上、装飾面においての頂点に達した。

ところで、徳川幕藩体制を維持強化するために、徳川家康の霊廟は、彼の遺志により古代から山岳信仰の聖地として関東の人々に大きな影響力をもっていた日光が選ばれた。その信仰的意義を深化させるために、中国の陰陽五行説や神仙思想が大規模にとり入れられ、東照大権現を最高神として位置付け、あるいは守護するために採用されたことを述べた。

第4章は本研究の具体的検証部分である。『国宝東照宮陽明門・同左右袖塀修理工事報告書』に基づいた色彩的検証による、本研究の幹となる部分として、また仮説「木彫彩色+金」の根拠を示すものでもある。すなわち、この報告書を「極彩色」と「金彩」をキーワードとして詳細に検証することによって、東照宮色彩の「規範的原理である紺丹緑金」を見出す過程を述べた。

平安時代以降、建築物その他、彩色の基本とされた「紺丹緑紫」の法則は、鎌倉時代中期の史料『二中歴』に見出される。この「紺丹緑紫」は、秋山光和博士の「日本上代絵画における紫色とその顔料」という論文で指摘され、研究者の間で知られるようになった。その「紺丹緑紫」の「紫」を「金」に替えると、そっくり日光に当てはまる。すなわち、日光東照宮の彩色は、「紺丹緑金」ということを現場の観察と前記報告書との照合により解明した。

「紫」には古来固有の顔料がなく、紫土もしくは、二種以上の色料を混色して紫色を創っていたが、どちらも風化や紫外線により変褪色が急速に進むことが知られていた。したがって、東照宮では最初から採用されなかった可能性が高い。すなわち、東照宮では変褪色しやすい「紫」を避け、永劫不変であり、かつ権力の絶対的象徴である「金」を代わりに採用したと推測される。桃山期秀吉が愛好した「金」は、政権の永続性を願う徳川幕府にとっても、まさに打ってつけの彩色料であった。

このように、「極彩色と金彩」で象徴される東照宮の色彩であるが、反面現代の「極彩色」とは異なる「東照宮の極彩色観」も見せる。東照宮では「『紺丹緑金』の彩色」、「紺地に金彩」、「金彩」、「繧繝を用いた彩色法」など広い範囲の表現が、「極彩色」を意味している。

第5章では、西洋のポリクロミーと日本の極彩色の比較を行い、色彩調和論との関連を検証した。「ポリクロミー」は、一説によれば、ギリシャのパルテノン神殿などで使用された多色彩色であるが、対して東照宮の印象鮮烈な「極彩色」を「東洋の多色彩色」とみたわけである。「極彩色」は、純度の高い有彩色が使用されるが、「ポリクロミー」ではペールトーンからビビッドトーンまで色調が統一されていない彩色法である。すなわち、両者の相違は、使われている色相の違いではなく、色調の違いであることを解明した。要約すれば、「極彩色」は色調が統一され、「ポリクロミー」は色調が様々であるところに相違点がある。さらに「金」の主な使用目的が「極彩色」と「ポリクロミー」では、「権威の象徴」と「装飾性」という意味上の違いも存在する。

欧米の色彩調和論は、古代ギリシャに始まる「美」の考え方を基に、多くの哲学者・科学者・画家・作家などによって述べられてきた長い歴史がある。それらの色彩調和理論の概要をまとめ、4つの原理に整理したのが、アメリカの色彩学者・ジャッド(1900-1972)であった。

その4原理を、東照宮の彩色を代表する「紺丹緑金」を基本にして比較すれば、ジャッドの枠組からはずれるものではないと理解される。すなわち、日本的な調和配色と見ることが可能となるのである。

以上を整理して本論文の主要点を述べると、以下の通りである。

1)狩野派による視覚デザインの主導性。

2)「紺丹緑金」の彩色により、空間的に圧倒されるような視覚効果を現出することで、幕府の権威づけとして成功していること。

3)欧米の色彩調和論と比較検証し、それらの色彩調和の枠組みの中に日光東照宮の彩色も入りうること、かつ「権威づけ」という新しい意味をもった配色調和理論を提示したこと。

本研究の論点は、結果として、昭和初期以来続いていた「けばけばしくて、雑多である」というブルーノ・タウトに代表される東照宮評に、現代社会の色彩環境下における再評価を、検証から試みるものでもある。

[審査結果の要旨 ]

本論文は、色彩調和の研究の視座における、日光東照宮建造物の彩色と色彩効果についての現代の眼における再評価を目的とする課程博士の学位論文である。

日光東照宮(以下東照宮という)の建築色彩美は一目瞭然であり、江戸時代初期の構築以来「日光を見ずして結構というな」の人口に膾炙する里諺によって広く知られるところである。本研究は、その世評に言われる色彩美を、測定器による測定と眼による視感測色の科学的研究、ならびに宝暦期の記録ならびに昭和修復報告文書(1974年)の記述と現存の建造彩色との細部における照合検討、3年間の各季節や天候においての現場の色彩効果について実地の視感観察による感性的把握、等、心理調査による研究を除く現在の色彩研究において想定される研究方法を踏まえての総合的な検討においてその彩色美を具体的に解明した研究である。

本研究は五章から構成される。第一章では日本の色彩美をアジアとの比較においてその特質を浮き彫りにすることで本研究の目的と方向を明らかにし、第二章においては東照宮の陽の色彩という特性を示し、第三章では日光および東照宮に関してその背景および思想的意義を述べる。第四章は本論文の主体をなす章であって、陽明門を中心として当時の建築色彩美の極点について検討・解析をし、「紺丹緑金」の色彩原理を見出した。また、文書に記載された用語と技術を現状と比較しながら、当時の「極彩色」が多岐の技法と結びつく一語多義の内容を明らかにした。第五章は、その彩色原理を今日の色彩問題の趨勢となっている色彩調和と関連させ、欧米において展開されてきた調和理論との照合において日本的調和美の見解を新たに提出する。

以上の研究概要を補足する本研究による色彩研究への新たな寄与の要点を述べれば、第一には完成度の高い宮彫りと日本画彩色の合一への指摘、第二には「極彩色」について江戸期における多義性と対応する多技法の存在の立証、第三には「金彩色」が視覚的な効果とともに権威を示す視覚言語として初めて用いられて成功していることの指摘、第四に東照宮彩色に「紺丹緑金」の彩色原理があったことの指摘、第五に金色彩群と白色彩色群および朱色色彩群による区域的分化という色彩計画への注目、を挙げることができる。第五の問題検討は研究の余地を残すが、本研究は上記諸成果に加え、美術史の分野で扱われるべき従来の学の領域の壁を破る研究であること、東照宮の金彩色が現代の再評価を要請しかつそれに耐えうることを予想させるものであること等、従来の東照宮色彩研究の域を超える内容による新しい展望をもつ研究である点において、課程博士論文に求められる条件を満たすものであり今後のより深い研究展開を予測させる研究と認め、合格とする。




博士学位論文発表会のご案内

2008年6月13日(金)13:00〜14:00
終了しました

本学管理棟2F電算実習室

発表者:芸術理論領域 美術理論・美術史 北嶋秀子

論文題目「日光東照宮色彩美の現代における評価に関する研究」