●渡部華子/Hanako Watabe「Emergency/部屋での出来事」

私が夢の島に足を運んだのは、2002年の春だった。夢の島というのはつまり、ごみ処理場である。
燃やしたごみの灰や不燃物を埋め立てるためだけの広大な敷地。
かつて夢の島と呼ばれていた場所は今はもう埋め立てでいっぱいになり、
その上には新しい焼却場が立つ。そこからさらにごみは海を沖へと侵食していっている。

その場所は私を圧倒した。見渡す限りの灰色に輝く大地、はるかに見渡す海。
冷たく乾いた風もその風景を際立たせていた。
しかし、私が輝く大地だと思ったのはビニールと土の堆積物だった。太陽に煌めいていたのはビニールだ。
海には深く鋼鉄の板が打ち込まれ、
太平洋との境を明らかにしていた。
その土地には、ぽっかりと四角い窪みがあった。中には黒い水がたたえられているようだ。
中を見ることは出来ない。そこに入ることは禁じられている。

後で聞いたところによると、その水は自然にたまるのだという。
少しずつ、ごみから染み出した雨水。それは深く打ち込まれた鋼鉄に遮られ、
行き場をなくし、そこにたまり続ける。有毒である可能性が高く、処理には手間を要する。

わたしはこの出来事を心に留めた。
留めたというより、それは留まった。


わたしを圧倒したこれらの出来事は、いまだに問いを発し続けている
B輝く大地と、ごみの山と。つめたく明るい矛盾したイメージ。
暖かく満ちた黒い水。
絵の具のカドミウムはこの山のどこかに眠っているのだろうか?

これらのことが心に留まった理由は自分でもわからない。
環境問題に関する活動を続けていた私は、環境を良くするためと考えて、
スーパーの袋を断ったり、ごみを減らすよう勤めたり、使い捨てのものは買わないようにしている。
これはもちろん大切なことだ。生活、つまりは生き延びていくためのことだ。
だが、この出来事は別の意味で、生き延びる糧となった。


切り取られた長方形の水面は、夢の島での体験から続くイメージである。
はるか遠くまで続く美しい光景と、地面の四角い穴にたたえられた黒い水は、私の中で強く印象づけられた。
黒い水は汚染物質を含み、海に流すことはできないと言う。
そこに長い間たまったまま、どこにも行くことの出来ない水は、ひっそりと、秘密を保っているように思えた。


今回の展示では水を使用する。
滴り落ちる水滴、その受け皿となる四角い枠(わく)、
さらにそこから溢れ出していく水というように、変化する情景をあらわしたいと思っている。
この作品を考える上で重要だと考えたのは、
水という物質感、質感と、流動性のある物体だからこそあらわせる時間の感覚である。

わくから、しみだしていく水。それは会期中、すこしづつ広がっていくようにする。見る日によって水の広がりは違う。
いったいいつの瞬間が、「作品」として最高の状態なのだろうか?「作品」は確実に、ひとつの「もの」なのだろうか?


私はいつも、作品とは何かという問いにとらわれてきた。
自分の言いたいことを伝えるための手段ではない。イメージを具現化したものでもない。
ただ、断片的につくってゆき、結果として、どう見えるものになるのかは自分でもわからない部分が多い。
私が作っているのは美術作品なのだろうか?という不安は消えることが無い。


ただ、ひとつ確信を持って言える事がある。
それは
「作品を見てもらいたい。それによって人とのかかわりと共通理解を持ちたい。」
という衝動がある、ということである。
自分の作品は自分にとって未知であるべきであり、それを読み解く行為を含めて制作だと思っている。
水や、光や、暗さは、結果的にわたしにとって顔料よりも身近だったようだ。


自分以外の人にとって、少しでも共感できる展示となるよう、努力したいと思っている。