企画展情報

◎靄がいと隆古-凛然たる南画、復古大和絵の典雅-

写山楼展

 高久靄がい(1796-1843)は黒羽藩杉渡戸(栃木県那須塩原市)に生まれました。靄がいは同郷の豪商・大橋(菊地)淡雅の後援を受け、江戸画界の重鎮であった谷文晁の画塾・写山楼を訪れます。この時、靄がいの卓越した画力を見た文晁は、門弟ではなく客分として迎えたのでした。そして靄がいは、渡辺崋山、椿椿山、立原杏所らとともに、「文晁門四哲」と称されるようになります。
 しかし1843(天保14)年、靄がいは急逝してしまいます。この訃報にパトロンである淡雅は、名家の画統が絶えてしまう事を憂い、白河の川勝隆古を高久家の養子にしたのでした。高久隆古(高隆古:1810-1859)は、若くして文晁の門人・依田竹谷に学んだのち、京都へ上り大和絵の画法を習得した人物です。このため、養父とは違った独自の画風を確立していったのでした。
 本展では、和製「南画」から中国の南宗画へと傾倒していった靄がい、南画を踏襲し、独自の大和絵にたどりついた隆古、異なる画風を持ったふたりの作品を併せて展示いたします。また、この高久家を二代に渡って支援した淡雅と、その娘婿となった大橋訥庵、そして実子である菊池教中。さらに谷文晁を筆頭に門下四哲の崋山、椿山、杏所ら。そのほか小泉斐、池大雅、浮田一けいなど、彼らをとりまく人物たちの書画をご紹介いたします。
 靄がいの静かなる山水図、そして隆古の雅やかな人物図。両者の絵画に対する、それぞれの個性的なアプローチをご堪能いただければ幸いです。

開催年月日:平成18年5月20日(土)〜7月22日(土)

文星芸術大学系列博物館相当館 上野記念館
〒320-0032 栃木県宇都宮市昭和2-5-8
TEL.028-625-5905 FAX.028-621-2929

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